広島地方裁判所 昭和53年(ワ)40号 判決 1980年2月28日
原告
脇本幸二
被告
貞重特殊合板工業株式会社
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者双方の申立て
一 原告
「被告は、原告に対し金三、〇〇〇万円およびこれに対する昭和四八年一〇月三〇日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言。
二 被告
主文第一、二項と同旨の判決。
第二主張
(請求の原因)
一 事故の発生
日時 昭和四八年一〇月三〇日
場所 広島県豊田郡本郷町舟木、被告工場敷地内
加害車 フオークリフト、訴外政永秋人運転
態様 原告は、右日時、場所でトラツクの荷台に立ちすでに積み込まれた芯木(長さ二メートル、直径一三センチメートル)の整理にあたつていたところ、フオークリフトを運転していた右政永が前方を確認しないまま芯木を積んだフオークを前に倒してトラツクの荷台に多量の芯木を落し込んだため、これを避ようとして後方にさがつたところ、トラツクの荷台(高さ一・八メートル)から車両の横に頭から転落した。
二 被告の責任
被告はフオークリフトの保有者であり、右フオークリフトの運転者は被告の従業員でかつ本件事故当時被告の業務に従事していたものであるから、これを運行の用に供したものというべく、自動車損害賠償保障法第三条により後記三の損害を賠償する業務がある。
三 損害
1 傷害とその程度
原告は、前記一の事故により頸髄損傷、第四頸椎圧迫骨折、第六頸椎前方脱臼、第六、七頸椎々体骨折の傷害を受けた。
これにより原告は、後遺症として第七頸髄節以下脱失、第五頸髄節以下鈍麻の知覚麻痺があり、排尿排便障害があり、体幹運動筋力消失、左右肩関節運動筋力半減、左右肘関節運動筋力半減、左右手関節運動筋力半減、左右股関節左右膝関節、左右足関節各運動筋力消失の症状が残り、現在下半身不髄、両手は麻痺し、一人で食事をとることもできず、身体障害者療護施設ときわ台ホームで寝たきりの生活を送つている。
2 損害額
イ 逸失利益 金四、九一三万七、〇〇〇円
原告は、本件事故当時、月平均金二五万円の収入があつた。
本件事故による障害症状固定時(昭和四九年一二月八日)原告は満四一歳であるから右事故にあわなければ少なくとも六七歳まで二六年間就労可能で、その間右月平均収入の金額を下らない収入を得られたはずである。
ところが原告には、前記1のとおりの後遺障害があり、その労働能力喪失率は一〇〇パーセントで、これは一生継続するものである。これをホフマン式計算方法により中間利息を控徐して二六年間分を合算すると金四、九一三万七、〇〇〇円となる。
ロ 慰藉料 金一、〇〇〇万円
ハ 弁護士費用 金三〇〇万円
四 よつて原告は、被告に対し右損害のうち金三、〇〇〇万円とこれに対する本件事故発生の日である昭和四八年一〇月三〇日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告の答弁)
請求原因一の事実のうち、事故の発生日時、場所の点は認める。加害車、態様の点は、次のとおり争う。すなわちフオークリフトでトラツクに積み込まれた芯木を原告が右トラツク上でトビを使つて整理中、芯木に打ち込んだトビが浅かつたため同人がこれを引張つたときにはずれ、その反動で荷台の上から落ちて負傷したものである。
同二の事実は認めるが、その責任については争う。
同三、1の事実のうち、原告が重傷を負つたことは認めるが、その程度および後遺障害の点は知らない。
同三、2の損害額については争う。
第三証拠関係〔略〕
理由
一 原告が昭和四八年一〇月三〇日、広島県豊田郡本郷町舟木にある被告工場敷地内で、トラツクの荷台に上りトビを使用して芯木の整理にあたつていたところ、右トラツクから転落して負傷したことは当事者間に争いがない。
二 そこで次に、本件事故が原告主張のとおりリフトの操作に起因する事故であるかどうかについて検討する。
成立に争いない甲第二、三号証、乙第一号証、証人政永秋人、同森信雄の各証言および原告本人尋問の結果(但し、後記信用しない部分を除く)によれば、次の事実が認められる。すなわち
(イ) (現場の状況)トラツクに積み込まれていた芯木(合板をとるためラワン材を削り取つた滓)は、東西にのびた被告工場建物の南側敷地に、右建物に向つて直角に南北二列に野積みされており、芯木の長さは約二メートルで、直径は一四ないし四〇センチメートルのものが混在していた。またトラツク(いずゞ、全長一一・九七メートル、全幅二・四メートル、荷台の高さ地上一・四メートル、側板四五センチメートル、一二トン車)も運転台を建物の方に向け、野積みされた二列の芯木の右隣り(建物に向つて)に並行して停めてあつた(位置関係は別紙略図のとおり)。
(ロ) (原告の作業姿勢)原告は、広島市宇品にある玉野耐火礦業の依頼で、その下請業者(竹原)に運ぶため、自己所有の右トラツクを使用し、事故より約一年位前から月平均一〇回位の割合で被告工場に芯木を積み込みにきていた。事故当日も、原告は、トラツクの荷台に立ち、トビ(長さ約一・二〇メートル)を使用して荷台の縁からはみ出た芯木を横へ引いて並べたり、後部に積み込まれた分を運転台の方へ引いて荷を均していた(長い荷台に対して算盤のように並べる)が、足場はすでに側板を越える高さにまで芯木が積み込まれており、荷崩れを防ぐため「たつ」と称する長さ約一・八メートルの棒がトラツク荷台の最後部に二本、約一・五メートルの間隔をおいて柱状に立ててあつた。また芯木は、さきのように野積みされていてぬれて重いものや直径によつては相当重量のあるものもあり、片手でトビを扱うのは難かしく、両手で相当の力を加えて引く作業で、特に高所ではあり危険な作業であつた。
(ハ) (本件フオークリフトの性能および作業手順)事故当時、被告の従業員政永秋人(昭和四五年入社、その後間もなく大型特殊免許をとる)が運転していたフオークリフトは、長さ約一・七五メートルのフオーク(つめ)の先端部分が荷を積むときと降すとき付け根部分より約二〇センチメートル下がる(コマツ、三トン積み)もので、運転席に座つた政永の目の高さは、地上約二メートルであつた。作業手順は、まず政永がフオークを下げてフオークリフトを野積みされた芯木の列(工場建物に向つて左側の)に近づけ、芯木をすくい上げ、がたがたと上下に振つて車を動かす前に落ちるものは落して荷(平均一四・五本)を固定させたあと、フオークを地上からほゞ二〇センチメートルの高さに保つたまま車を後退させ、今度はトラツクの荷台にあげるためトラツクの後方からフオークリフトを前進させて(この後退、前進の車の走行距離は約一〇メートル)、フオークの先がトラツク後部にあたらない程度に接近させたあとフオークを持ち上げ、さらにトラツク荷台一ぱいに近付け、トラツク荷台の前方に待避している原告の合図があつたのちフオークを下げて荷台の上に芯木を落す作業を繰り返していた。
(ニ) (転倒している原告が発見された経緯)事故当時、芯木の積み込み整理は、原告と政永だけで他に補助者はおらず、政永がフオークリフトで次の芯木を運ぶ間に、荷台の上の原告が芯木の整理を終えているといつた速度で作業は進み、途中で前記(ロ)のとおりたつが立てられ、原告が転倒する直前の回には、政永は、フオークをたつの先端を越える高さまで持ち上げ(このときトラツクの荷台の荷の高さとフオークとの間に約一メートル以上の間隙ができ、運転者は前方が見通せる状態となる)、トラツクに一ぱいに近づけて荷台の前方に待避している原告の合図にしたがつて芯木を降ろし、車を後退させたとき原告が荷台にいるのを確認した。そして政永は、車を前進させ、野積みされた西側の芯木の列にフオークを突つ込み芯木をすくいにかかつた。丁度そのころ、被告の製造係長をしていた森信雄が、工場の西側にある出入口から出てきて、南側にある事務所に帰るため野積みされた二列の芯木の西側を通り、斜めに敷地を横ぎり、トラツクの後方(南側)を通り過ぎようとしたとき、原告が頭をトラツクの方に向け、車の右側(東側)後車輪のあたりに転倒しているのを偶然見つけた(転落位置は別紙略図のとおり)。森は、すぐ原告のそばへかけつけ、「どうしたのか」と尋ねたところ、原告は「大失敗よ」と答え、「トビがはずれた」とも話し、森が同人を起こそうとしたが「起きられん」というので、フオークリフトを運転して政永を呼んだ。政永もすぐ運転をやめて原告が転倒しているところにやつてきたが、側にはトビが落ちており、政永に対しても原告は「しもうたことをした」、「トビをはずしたわい」と話し、そのあと担架で被告の車に乗せられ、竹原の病院に運ばれた。
(ホ) (事故後の措置)原告は、さらに奥の中国労災病院に移されて治療を受け、現在脊髄損傷による両上肢機能障害、両下肢機能全廃の後遺障害を残し(一級四の六)、表記の住所地のときわ台ホームで療養中であるが、その間玉野耐火礦業の人が一度見舞つたことがあるだけである。原告は、事故後二、三ケ月して右玉野耐火礦業をとおして労災保険の適用を検討してもらつたが、昭和三六年以降いわゆる白ナンバーで運送業をやつていたため、従業員として扱われず保険金がもらえなかつた経緯があり、また被告に対しても昭和五二年一一月、弁護士に本件の相談を持ち込むまで何らその責任を追求するような措置を講じていなかつた。
以上の事実が認められる。もつとも原告本人は、荷台の上で芯木を整理中、政永の運転するフオークリフトが接近し、待つように大声で合図したが芯木を落下させ、その木のうちの一本がトビにあたり、避けようとした瞬間に転落した旨供述し、証人脇本妙子、同末広照子の証言中には、中国労災病院入院後一〇日ないし二〇日位の間に原告から同趣旨の話を聞いた旨、また原告の左脇に棒状(幅五センチメートル、長さ一五センチメートル)の打撲の跡がある旨の証言があるが、前記(ニ)認定事実のとおり政永が車をトラツク後部につけフオークをたつの先端を越える高さまで持ち上げたとき、荷台の荷とフオークとの間は、約一メートル以上の間隙ができフオークリフトの運転席から荷台の作業員が見通せること、政永自身荷を降して車を後退させるとき荷台の上に原告の姿を認めていることなどに照らし右供述および証言は措信することができない(また左脇の打撲も芯木があたつてトビがはねたときのものか転落時に受けたものか確定することができない。)。また甲第一号証の記載中、右認定に反する部分は前掲各証拠に照らし信用できないし、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
右認定の事実経過から総合すると、原告の転落事故は、政永のフオークリフトの運転ないしフオークの操作に起因するものとは認められない(かえつて原告のトビの扱いに原因があつたものと推認することができる。)。
三 以上のとおり本件においては、フオークリフトの運行と本件事故との間に因果関係があつたものとは認められないので、その他の点については判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がない。
四 よつて原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 松本昭彦)
別紙 略図
<省略>